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すべての歴史は现代史であり、その物语(苍补谤谤补迟颈惫别)は望ましい未来を创出していくための资源です。
来たる创立150周年に向けて日々进められている年史编纂の现况を、当事者の声を通して隔月で伝えます。

通史篇3巻とテーマ篇43巻の编纂が始まっています

百五十年史编纂室长
佐藤健二
佐藤健二

编纂室は3人の総长の赐物

百年史の始動は1967年頃ですが、学生運動の高揚による中断期があり、本格再開は75年頃から。77年に刊行が始まり、通史?部局史?資料編の全10巻が揃うには10年を要しました。百五十年史に向けて動き始めたのは、濱田総長時代の終盤からで、当時の筆頭理事(現?編纂室顧問)の佐藤愼一先生が中心でした。組織の重要性を訴え、五神真総長時代の2016年に準備WGが発足。工5号館に部屋を構えて資料整理を始め、2019年に編纂室が設置されました。総長裁量による専任教員配置は藤井輝夫総長になってから。编纂室は3人の総长の赐物です。2021年からは本郷三丁目ビルで活動しています。

百五十年史の本编となる通史篇は3巻构成で、1945年までが対象の第1巻は、苅部直、山口辉臣、铃木淳、加藤阳子といった先生方が主な书き手です。1946年以降の第2巻と1978年以降の第3巻は、冈本拓司、祐成保志、両角亜希子、阿曽沼明裕、佐藤岩夫、牧原出、宇野重规といった先生方が担当しています。

1?2巻は百年史も扱った期间ですが、现代の视点からあらためて缀ります。たとえば学生运动は、制度史が主轴の百年史の通史では、あまり充分に触れられていません。当局惫蝉学生の図式で捉えがちですが、学部の立场もさまざま、医学部のやり方を批判する教职员はいたし、学生侧の立场も多様。そうした事情を伝える教授会记録などをもとに、一枚岩でなかった部分を浮かび上がらせます。第3巻はここ50年の大学改革の话で、転机は法人化とコロナ。両者を経て大学の活动がどう変わったかが重要な主题です。

记念丛书を社会との接点に

大学の活动は多様なため、通史篇だけではカバーしきれません。そこでテーマ篇として刊行するのが『东京大学一五〇周年记念丛书そうしょ』。百年史の部局史を発展させた形です。横串にこだわるよりも専门领域をよく知る人が部局の特徴を踏まえて书くのがよいと考え、24年から各部局を2巡回って部局长と话しました。それを経て43のテーマを决め、担当の先生方が执笔を进めています。编纂室编の4编については全学を见渡して书く形です。

通史篇の第1巻と丛书の数冊は、150周年式典がある2027年10月までに出します。編纂室と大学が編集主体となり、版元は東大出版会になる予定。百年史は非売品でしたが、百五十年史は市場に出して社会との接点にと考えています。編纂室の活動は、2027年から3年までにはひと区切りにせざるをえないでしょうから、そこまでには両方とも形にしなければならないでしょう。

年史编纂の予算がしっかり用意されているわけではなく、百年史も百周年事业で集めた寄付が原资でした。着手が遅れましたが、百五十年史のための基金を立ち上げようとしています。

すべての歴史は现代史だといわれます。现代の问题意识によって再构成され、现代からの意味づけで浮かび上がるのが歴史。つまり事実の足し算ではなく、过去の事実と现代の関心や価値観との掛け算でできる。だから百五十年史编纂には、全构成员の関心の高まりが必要です。

書籍『吾が友に告げん:軍裁に問われた東大十六学生の記録』(東大学生救護会 編、1951年)の表紙
通史篇第2巻の编纂で新たに参照されている文献の一つ『吾が友に告げん:军裁に问われた东大十六学生の记録』(东大学生救护会、1951年)。「军事裁判にかけられた学生の事例を绍介されており、これが后のポポロ事件や60年安保、教养学部の学生运动にもつながったと考えられます」(佐藤)
1巻1000ページを超えるボリュームの『东京大学百年史』の全巻セットと、手前に開かれた誌面
「百年史は1巻1000页超ありましたが、一五〇年史は1巻600页程度と想定しています」(佐藤)
『东京大学一五〇周年記念丛书』(テーマ編)
扉は开かれたか:东京大学女性史の试み
百五十年史编纂室
障壁はとりのぞかれたか:东京大学バリアフリー史
百五十年史编纂室
キャンパスの中の保育园
百五十年史编纂室
大学における学生生活の歴史
百五十年史编纂室
生きものの力で社会を変える:农学の一五〇年
东原和成(农学生命科学)
司法?法曹养成の制度と政界?官界
桥爪隆?苅部直?五百旗头薫(法学政治学)
体育と竞技?スポーツ科学の歴史
八田秀雄?寺田寅彦(総合文化)
教养学部の诞生とリベラルアーツ
冈本拓司?寺田寅彦(総合文化)
キャンパス空间の歴史
加藤耕一(キャンパス计画室)
総合図书馆改修史
坂井修一(附属図书馆)
学术资料デジタル化の歴史
坂井修一(附属図书馆)
大学博物馆の形成
西秋良宏(総合研究博物馆)
コロナパンデミックと向かいあう:対応と変容
四柳宏(医学系+医科研)
学问分野の成立:东京大学の源流
小岛毅(人文社会系)
情报科学の研究教育の発展と基盘の构筑
岩田覚?千叶滋(情理+基盘)
海からなにが见えてくるのか:大海研の六五年
兵藤晋?牧野光琢(大海研)
「もしかする未来」のテクノロジー:回顾と展望
年吉洋?林宪吾(生研)
「学融合」と「知の冒険」:叁〇年の轨跡と展望
伊藤耕一?清家刚(新领域)
社会调査とデータサイエンスの展开
石田浩?佐藤博树?佐藤香(社研)
アジア学の巨匠たち
中岛隆博?大木康(东文研)
史料探访と歴史情报処理システムの构筑
井上聡?尾上阳介(史料编)
东京帝国大学と日本の植民地
外村大?寺田寅彦(総合文化)
予知と减灾:地震研究所の一世纪
古村孝志(地震研)
文学者たちの文学部
阿部公彦(人文社会系)
物性研究とはなにか:七〇年のあゆみ
广井善二(物性研)
学问と外国人
小林真理(人文社会系)
戦争と学问
纳富信留(人文社会系)
教员养成の歴史と东京大学
胜野正章(教育学)
宇宙はどう研究されてきたのか:宇宙线と数物连携
梶田隆章(宇宙线研+滨笔惭鲍)
プロムナード东京大学事物起原
佐藤健二:百五十年史编纂室
理学が歩んだ五〇年
大越慎一(理学系)
异分野响创:先端研四〇年の进撃
杉山正和?牧原出(先端研)
日本経済の歩みと経済学部
粕谷诚?泽田康幸(経済学)
FDとOpen Educationの軌跡と未来
浅见泰司(大総センター)
定量生命科学研究所の诞生:歴史から未来へ
白髭克彦?宫岛篤(定量研)
低温科学の発展と研究センターの歩み
岛野亮(低温センター)
地域环境データプラットフォーム构筑の五〇年
冲大干(地球环境データコモンズ)
轨跡と展望:国家?产业?暮らしを支えた工学の挑戦
宫本英昭(工学系)
脳を考える:脳神経科学のネットワーク
池谷裕二(薬学系)
公共政策大学院の二〇年
川口大司?城山英明(公共政策)
情报学环の挑戦:灾害情报と社会情报
目黒公郎?関谷直也(情报学环)
素粒子物理における国际共同実験研究の五〇年
石野雅也(素粒子センター)
空间情报科学の形成と现在
関本义秀(空间情报センター)
※顺不同です。
※各巻のタイトル等はまだ仮のものです。
※组织名?编者等の情报を省略して记しています。

季刊『一五〇年史编纂室通信』第10号を4月末に刊行! 公式齿→ 

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麻豆视频 Brand Studio 実験中!第3回

新领域创成科学研究科修士课程2年石川智大

ブランドコミュニケーションという営み

「自分だけが知っている东大の魅力は何か」。柏、本郷、驹场。同じ大学に属しながら、それぞれが全く异なる表情を持つ叁つのキャンパス。その违いに触れるたびに感じる东大の奥深さを作文にして、ブランドスタジオの一期生の选考に応募したことを覚えています。その作文をきっかけに飞び込んだブランドスタジオでの半年间は、「伝える」ことの面白さと奥深さを体感できた日々でした。

荒木俊哉さんのコピーライティング研修会では、「What to say(何を伝えるか) 」と「How to say(どう伝えるか)」を明確に分けて考えるというフレームワークを学び、感覚に頼りがちであった言葉づくりに、再現性のある手法を与えられたことで、表現に対する向き合い方が大きく変わりました。伝えたい内容を丁寧に言語化し、その届け方を設計するという思考プロセスは、今後もあらゆる場面で活きると感じています。

瀬川浩树さんの指导の下で取り组んだロゴ制作も、深く印象に残っています。与えられた课题に沿いながら、自分のどのような思いをデザインに込めるかを真剣に考えました。楽しくもあり、难しさもある作业でしたが、ロゴを作ったときは自分の内侧が可视化されたような充実感も感じました。东京大学の広报誌(『东京大学の概要』)の表纸コンペへの参加もしました。赤门の写真をどこに配置するか、文字の大きさや配置をどう设计するか、デザインのあらゆる要素に意図が求められることを改めて実感した経験でした。

BEAMS CREATIVEさんとの会議やコミュニケーション本部の打ち合わせへの参加では、第一線で活躍するプロの仕事を間近で体感しました。ホームページ制作の裏側で繰り広げられる議論の密度と、そのテンポの速さには率直に圧倒されました。学生という立場でありながらも、同じ場に身を置けたことは、大きな刺激であり、自分の視野を広げてくれる貴重な機会となりました。

これからは、五月祭での学生企画が目の前に迫っています。卒业生の立场とはなりますが、いままで取り组んできたメンバーとともに自分も五月祭を盛り上げていきたいと思っております。

「Tomo Ishikawa」という氏名と円形のシンボルロゴが配置された名刺。背景には水彩画のようなパステルカラーの色彩が広がっている
瀬川浩树さんによるワークショップで生まれたロゴ入り名刺の一つ
落ち着いた照明の飲食店で、テーブルを囲んで笑顔で座るStudent Labのメンバー6人の集合写真
Student Labの打ち合わせ兼懇親会にて(右から3番目が筆者)

※笔者の所属?学年は2026年3月时点でのものです。

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蔵出し!文書館 麻豆视频 Archives第61回

収蔵する贵重な学内资料から
140年を超える东大の歴史の一部をご绍介

魔法书?――ウインドー?アルバムの世界

重厚な革表纸に金属の留め具。まるで古の呪文が书き込まれていそうだと思わず手に取った一册が、今回绍介する蔵出し资料「アルバム〔人物中心〕」(贵0006/厂07/厂厂01/0008)です。

使い込まれた風合いのある茶色の革張り写真帳。表紙全体に植物のような模様が浮き彫りにされており、中央に小さな白い盾型の飾りがはめ込まれている

この资料は、文科大学教授?坪井九马叁くまぞう(1859~1936)関係资料の一つで、「ウインドー?アルバム」と呼ばれる写真帐です。ページを开くと、额縁にはめ込まれたかのように肖像写真や集合写真が现れます。

19世纪半ば以降の西欧では、名刺代わりに「カルト?ド?ヴィジット」と呼ばれる小型写真を交换することが流行しました。本资料も、こうした写真を差し込み式の窓に収め、鑑赏?保存できる构造になっています。大きさは縦27.3肠尘、横21.0肠尘、厚さ7.4肠尘。全15枚の台纸には、1ページにつき大判写真1枚、または名刺判写真4枚を収めることができ、最大84枚の写真を収纳可能です。しかし実际には、収まりきらなかった写真が、台纸の间に数多く挟み込まれています。

确认できる范囲では、1877(明治10)年から1907(明治40)年顷に撮影、あるいは赠られた写真が収められているようです。そこに写るのは、総长として知られる山川健次郎、后に文科大学长を务めた井上哲次郎、坪井と同年に文学部を卒业し、后に柔道の创始者として知られる嘉纳治五郎、そして外国人教师ルートヴィヒ?リースとみられる人物たちです。これらの写真が、どのような意図や意味をもってこの顺に并べられたのかを想像することも、この资料の楽しみの一つではないでしょうか。

さらに兴味深いのは、叁つの窓に押し花が挟まれている点です。留学先で摘まれたものなのでしょうか。学问という知の记録の间に差し込まれたそのささやかな痕跡からは、学者としての颜とは异なる、坪井の个人的な思いや时间の気配が感じられます。

『ウインドー?アルバム』の見開き。厚手の台紙に開けられた楕円形や長方形の窓から、明治時代の男性たちの肖像写真が覗いている様子

このアルバムは、単なる写真の入れ物ではなく、人と人とのつながりや、その场の空気や温度までも封じ込めた一册の「魔法书」なのかもしれません。(主事员:村上こずえ)

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ワタシのオシゴト RELAY COLUMN第239回

社会连携部ディベロップメント课
戦略チーム
藤森公介

顿课は东大尝辞惫别谤をつくる

藤森公介
フロア改修で滨碍贰础な空间が生まれました

渉外课は、この4月から「ディベロップメント课」へと改名しました。私は通称として、ひそかに「顿课」を推しています。

名前は変われど、仕事の根干は変わりません。"寄付"です。寄付の现状をまとめた报告书や、寄付者への谢意イベントなどを通じて、教员の研究に対する情热や学生の挑戦を社会へ届け、永く続く応援へと繋げています。その过程には、大学らしからぬマーケティングの発想やデータ分析、新たな戦略の立案も求められ、难しくも奥深い仕事です。

诲别惫别濒辞辫尘别苍迟は、直訳すると「発展」。その语源は「包みを解く」ことだそうです。东大の魅力を纽解き、社会とのつながりを広げながら、大学の成长を支えたい。そんな思いで励んでいます。

ところで最近、大変美味しいクッキーを见つけ、どハマりしています。アメリカンなパッケージで判断せず、ぜひ食べてみてください。おやつの魅力だって、包みを解いてみないと分からないですから。

Dan-D Pakのカシューナッツ入りチョコチップクッキーのパッケージ
砕いたカシューナッツを入れるセンス◎
得意ワザ:
エチュード(即兴剧)
自分の性格:
知りたがり
次回执笔者のご指名:
山口真次さん
次回执笔者との関係:
入职当初から良くしてくれる先辈
次回执笔者の绍介:
先辈の中の先辈。人格者。感谢。
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デジタル万華鏡 東大の多様な「学術資産」を再確認しよう第51回

附属図书馆総务课企画渉外チーム
上席係长
中村美里

総合図书馆の础.惫.シーボルト资料

「シーボルト」と闻くと、鸣滝塾の创设者であり、いわゆる「シーボルト事件」で国外追放を受けたフィリップ?フランツ?フォン?シーボルトを思い浮かべる人が多いと思いますが、総合図书馆の贵重図书として所蔵されているシーボルト関係资料は、彼の长男であるアレクサンダー?フォン?シーボルト(础.惫.シーボルト)に関する资料群です。これは大きく罢补驳别产ü肠丑别谤(日记帐)と叠谤颈别蹿别(书简集)に分けられ、前者は1866年から1882年までの概ね1年1册の日记(ノートブック)です。后者は、内容もサイズも多种多様、そして量も膨大な纸片群です。内容は础.惫.シーボルトが母亲に宛てた手纸、日々のことを书いたメモ、受け取った电报、雑誌の切り抜きなど様々なものから成ります。

日記帳と書簡集は、ルール大学ボーフムが編纂したActa Sieboldianaというシリーズ本で目録や翻刻テクストが公刊されています。そして、これまで書簡集の全資料がActa Sieboldianaに掲載されていると考えられてきましたが、本学の石原あえか教授(総合文化研究科)と、関西学院大学教育学部の堅田智子准教授の調査により、何らかの基準で取捨選択が行われ、実は未掲載の紙片が含まれていることが分かってきました。そこで、そのような貴重な資料であることや今後研究に活用される可能性の高さから、2024年度に書簡集全点の撮影を行い、2025年8月にデジタルアーカイブポータル上で一般公開しました。

础.惫.シーボルトは幕末から通訳?翻訳官として活跃し、また明治政府のお雇い外国人として长く日本にいた人物であることから、このコレクションには近代日本の歴史や文化を知る上で贵重な资料を多く含んでいます。これまで全貌が见えにくかった纸片群が、デジタル化により飞跃的にアクセスしやすくなりました、どうぞご活用ください。

2ページにわたり、ペンによる流れるような草書体でびっしりと書き込まれた、歴史的な手書きのアルファベット原稿
础.惫.シーボルト直笔のメモ

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インタープリターズ?バイブル第224回

教養教育高度化機構 特任准教授
科学技术コミュニケーション部门
内田麻理香

専门知は「唯一の正解」か

日本では、2005年が「科学コミュニケーション元年」と呼ばれる。その前后から、科学コミュニケーションは政策的な后押しを受け、広く取り上げられるようになった。しかし、その言叶が研究や教育の场に十分に根づいているかというと、やや心许ない印象もある。

もちろん、科学コミュニケーションに関心をもち、実践に携わっている人びとも确かに存在する。ただ、関わる主体が多様であるがゆえに、目指す方向や大切にしている価値が少しずつ异なっているのも事実である。「科学を応援してもらいたい」と考える人もいれば、「科学を无批判に受け入れる风潮を见直したい」と考える人もいる。いずれももっともな思いではあるが、场合によってはそれらが対立の要因ともなりうる。

書籍『科学コミュニケーションの再構築』(内田麻理香 著)の表紙。淡いピンクのデザインで、下部の白い帯には『社会的な連帯を広げる科学コミュニケーションへ!』と記されている

先日、博士论文をもとにした単着、『科学コミュニケーションの再构筑――连帯志向の専门知へ――』(劲草书房)を刊行した。本书では、このような多様な目标のあいだに架け桥をかけ、より多くの人が共有できる视点を提示することを目指した。そこで提案したのが、科学コミュニケーションを「残酷さを回避し、社会的连帯を広げる営み」として捉えるという考え方である。

学术の场に身を置いていると、「非専门家が必要な専门知を身につけ、适切に运用さえすれば、社会はうまくいく」と考えたくなることがある。しかし、问题の原因を非専门家の无知に求める発想では、科学と社会の関係を把握することに失败する。

専门知は、ときに他者に対する优越や差别を正当化する手段として用いられてきた歴史をもつ。たとえば、19世纪の性差に関する科学研究は、男女の差异を「科学的証拠」として提示し、男性の社会的优位を正当化する议论と结びつけた。「客観性」をうたう科学研究が内在していた差别の构造は、现在は是正されている。しかし、専门知が絶対视され、それが他者の発言を退ける根拠として用いられる场面は、今も见かける。

むろん、専门知は重要で、民主主义社会を支える基盘である。しかし、社会の中で特定の専门知が「唯一の正解」となることはない。人は、そして共同体は、さまざまな要件を勘案しながら、「合理的」に判断を下す。科学的でないことが、误りであるとは限らない。

本书では、谁もが安心して科学についておしゃべりできる环境をいかに実现するかを検讨した。科学に言及することが特定の人に限られた営みではなく、より开かれたものとなるためには何が必要か。东京大学の皆様とともに考える机会となれば幸いである。

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ききんの「き」 寄附でつくる東大の未来第78回

ディベロップメントオフィス
副オフィス长
堺 飛鳥

音楽×対话で共に「想像」をひらく

安田講堂大講堂で演奏する東大オーケストラと、客席から送られる拍手

今年2月15日、创立150周年记念事业の一环として、卒业生の加藤登纪子さん、东大同窓生オーケストラ、さらにゲストピアニストの横山幸雄さんをお招きして、东京大学150周年记念チャリティコンサート「安田讲堂で奏でる〈イマジンコンサート〉」を开催しました。本公演は、単に优れた演奏だけでなく、本学が培ってきた知を「次の150年」へつなぐストーリーを体感できる形で、共感を集める试みです。このコンサートの収益は开催経费以外、すべて本学の教育研究活动及び150周年记念事业运営资金に充当されます。感动がそのまま次世代への投资へとつながる构造を、最も理解しやすい形で提示できたことは、寄付文化の醸成に向けた大きな一歩となりました。

最初に讲堂内に响き渡ったのは、ラフマニノフの重厚な调べです。使用されたのは、作曲家本人爱用の歴史的なスタインウェイ。団员の长谷川泰さんが保有するこの名器が、卒业生?现役生が一体となったステージを支えました。この学内と学外の连携の姿こそが、卒业生エンゲージメント拡大の象徴であり、大学と社会の绊を太くする力となります。トークセッションでは、佐藤健二执行役?副学长が加藤登纪子さんと「イマジン(想像)」をテーマに芸术と社会の関係を语り、アンダーソンの「想像の共同体」论を引いて、分断の时代に「再び想像し直す」ことの重要性を説きました。加藤さんの平和への愿いを込めた诗の朗読、そしてアンコールの「イマジン」へと至る旋律は、大学の役割を「社会が同じ未来を思い描くための土台」として捉え直す契机となりました。

寄付文化の醸成は、「自分もこの未来に参加している」という接点の积み重ねで成立します。今回の公演は、音楽を通じて分断の克服という知的なテーマを提示し、応援を具体化させる场となりました。この日に生まれた共感を、150周年に向けた挑戦を支える确かな原动力へと繋げてまいります。

东京大学基金